たまゆら、の. . . | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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たまゆら、の. . .

【2014.03.16 Sunday 05:55
 ニャンニャちゃん、窓を開けたよ。風はまだ冷たいけど、けれど確かに春を告げる暖かみを帯びた黄金の日射しが、この部屋にも注いでいます。



きみが天に翔びたった日も、こんなふうに窓を開けたね。苦しそうに浅い息を小刻みについていたきみは、窓から入る夜気にかすかに首をのばし、「あれ?」と、少し嬉しそうな顔をした。街が聖誕祭の灯りに彩られていた季節。あの日、十二月二十三日だけは、なぜか空気がとろりと柔らかかった。

前の週に海外出張に行っていた僕を、きみは、世話をしにきてくれていた友人の娘さんと一緒に待っていてくれた。あの時はまだ元気で——————。

三年ほど前から腎不全で一日おきに点滴が必要だったし、去年は糖尿病の診断を受けて半日おきに注射もするようになっていた。あんなに高いところに飛び乗るのが得意だったきみがベッドに自力で飛び上がれなくなって、だから小さなスツールとクッションを集めて階段をつくったね。その階段を、一段、一段、確かめながら上がるきみのふわふわな後ろ姿を見守っていたのは、ほんの昨日のようで。

3

夏の終わりから僕の仕事が忙しくなって、仕事と学校とで帰宅は毎日十一時過ぎていた。朝もバタバタと支度をして、教科書読みながら珈琲淹れて。

それでも朝いちばんに「今日はどれにしようか? 楽しみだねえ」と云いながら猫缶を選んで。きみがはむはむとごはんを食べる仕草を見守るのが何より好きだった。きみは以前まで使っていた「食卓」の高さでごはんが食べられなくなって、床に寝そべって「お膳」でごはん食べて。なにもかも、上手だったね。大好きなスープも綺麗に平らげて。ごはんもご不浄も、いつも、とっても、上手だったね。


秋の終わりごろからきみは、床に寝そべって前足を「猫組み」しながら、ときどきふと宙を見つめるようになった。

光の加減によって深い深い湖の色みたいになる黒曜石のあのでっかい瞳で、あれは床上数十センチくらいかしら? 誰か、僕の目には見えないひとが宙にいて、ニャンニャちゃんに会いにきたのかしら、と思っていた。




ひとにもどうぶつにも、「その時」が来ると、導いてくれる存在がいる————とも聞いたことがある。真実や科学的根拠なんてものは判らないけれど、そんなふうに天使や精霊のような存在がいたらいいなと思うし、いるのではないかと思うから、時折宙をじっと見つめるきみの瞳を追いながら、僕は心の底で、「その時」が近づいてくることを怖れ、覚悟していた。

あの頃、毎日毎日あんなふうに忙しくて駆けてばかりだった僕を、ひとりで待っているのは寂しかったでしょう。ごめんね。

どうしようもない量の「やらなくてはならない仕事」というものが目の前に堆積していて、毎晩ひとりで職場に残っては、「ニャンニャちゃん、ごめんね、ごめんね」て云いながら仕事をしていた。自分は莫迦だなあと思うけど、精一杯駆けて、駆けて、駆けて、それ以外、それしか、どうしようもなかった。

きみはいつもきろきろの丸い目で、家に戻った僕を見つめ、喉をごろごろ鳴らしながら迎えてくれたね。ふわふわのきみを抱いて、赤ん坊をゆするときみたいに軽くゆすると、きみは小さな前足を僕の首に回して、いっそう嬉しそうに喉を鳴らしてくれた。




聖夜も近づくあの頃、年を越す前にきみが旅立ってしまうなんて、思いもしなかった。出張から戻った翌日は、まだ元気だったものね。足腰が弱ってきていたのを心配していたけど、訪問診察に来てくれた獣医さんの前でも四本足で立って、歩いてくれた。血液検査の結果も良好だったし——————。

でもその翌朝から、急に歩けなくなってしまったね。前足をパタパタやりながら、きみは自分でも「あれ? 変だよ?」と当惑しているみたいだった。

ごはんやご不浄をどうするか、僕の友人の紋遜さんも駆けつけてくれて、看病を助けてくれたけれど。あっと云う間だった。あっと云うまに、ごはんも食べられなくなって。起き上がれなくなって。

ニャンニャちゃん、大きなまん丸い目でこちらを見ては、声にならない声で、話しかけてくれた、ね。

あの日はそれまでの寒さが妙に和らいで、空気が甘く、優しかった。

少しだけ降った雨のちょうどよい湿り気が、風に丸みを帯びさせて。きみを迎えるために、天使さまが、冬のさなかにぽっかりと空いたポケットみたいに優しいひとときをくれたのかなって、そんなふうに思える不思議な一日でした。




ありがとう、ニャンニャちゃん。

いろんな名前をもっていたきみ。

プリンセス・ニャニャムージカ・チャマスカヤ。長過ぎて発音できない名前を、獣医さんや看護士さんには「チャマ」て教えた。日本語では愛称に「〜ちゃん」とつけるのだと知った看護士のジーナは、うちに訪問診察に来るたびに「チャマちゃん! わたし、チャマちゃんがだぁーいすき!」と、きみを抱きしめてくれたね。病院でもきみは人気者だったし、通院のとききみを抱いて近所を歩くと、「まあなんて美猫でしょう!」とお褒めの言葉をいただくこともしばしばだった。

僕の書くものに登場するときは「ひめひめ」という愛称で登場してもらいました。英語でもよく「regalな子ね」と形容されていたけど、生まれながらに王族の風格を持っていたきみ。可愛い顔と不釣り合いな濁音の混じった声でよく叱ってくれたっけ。



ナナ、と呼んだりNoonaと呼んだりしたけど、いつも濁音の混じった元気な声で返事してくれたね。猫じゃらしのおもちゃを相手に「かくれんぼ」したり、シャカシャカのボールで猫サッカーもしたね。なんでも上手だったね。

オレゴンに引っ越したときも、紐育に帰ってきたときも、一緒だった。オレゴンでは毎朝早起きをして、向かいの軒のホシムクドリ一家が朝、飛ぶ練習するのを眺めていたっけ。

随分昔になるけど、日本にも行ったよね! 長く怖い空の旅。並んだケージの中、大粒の涙をこぼして怯えていたシャム猫めめちゃんの横で、きみはじっと身体をこわばらせて耐えていたっけ。(米国に戻れないかもしれない、という状況の中で旅させてしまったけど、あんな旅はもう絶対にさせないと誓った...


人生の中には辛いことや悲しいこともあって、自分の生きる意味さえ見失った時期もあったけど、そんなときもニャンニャちゃんがいるから、妙な事など考えず、自分は元気に生きてなくちゃいけないって思った。



はじめてこの街に来た冬、あの雪が降って、降って、降って、降り続いた冬に、上東街のアパートを借りたとき、家具と一緒に部屋に「ついてきた」きみ。元の飼い主だったひとは猫たちの世話もお願い、と云って他の街に行き、僕があの部屋を出るときも実にあっさりときみたちを連れていくことを快諾してくれた。そう、あの部屋ではじめて会ったとき、きみとめめちゃんはロフトベッドへ上がる階段の途中に腰かけて、「こんにちは」の代わりに、おでこに猫キスしてくれたのだったね。あの時から、いつも、そばにいてくれたね。

ジャンプが得意で、キッチンのいちばん高い棚にも登ったし、窓から非常階段へも飛び移っていたきみ。事故で六階から転落したときも、生きていてくれた。屋上に冒険に出ては、枯葉や黒くてもぞもぞする虫の「おみやげ」を持ってきてくれたっけ。上西街に越してからは、時々、赤いハーネスをつけて近所の公園にお散歩にいったね。石塀の上に腰かけて、ひげをふるわせながら、風の匂いを嗅いだね。

2

ありがとう、ニャンニャちゃん。

きみが翔びたった直後は、きみがいない家に帰ってくるのが怖かった。恐る恐る部屋の扉を開けるとしかし、まるでこの部屋にはまだきみがそこにいるみたいにまあるい気配が宿っていて。蝋燭を灯して、ありがとう、と祈り続けて、気がついたらもう空には春の明るさが戻りはじめているのだね。

ありがとう、ニャンニャちゃん。

きみの姿が見えず、声が聞こえず、抱きしめられないという事の不条理さ。きみの可愛い額を撫でたり、一緒に歌ったりできないという事の不可解さ。僕の心臓の下あたりにはまだ疑問符が、水溜りに広がる雨滴の波紋のようにふつふつと浮かんでは消えまた浮かび続けているのだけれど、きっときっときっとまた会えると信じています。



顔をあげて天を仰いでみても蒼い空のどこかにきみがいる、とはなかなか信じ難く、むしろ「天」と呼ばれるそれは目に見える世界の境界を越えたもうひとつの世界ではないかと思う。きみは軽々となった身体で雲の上に跳び上がり、得意げに此方を見下ろしたりしているのではないかしら。

聞こえるかな。
届くかな?


ありがとう。ずっとずっと、ずっと、大好きだよ。
 
author : watanabe-yo
| Living | comments(18) |

この記事に関するコメント
そうだね
ずっとずっと 一緒だね

出会えて良かったね
| kagishippo | 2014/03/16 8:46 AM |
葉さんのあったかくて優しくて愛おしい気持ちが伝わってきます。
ブログで初めてお会いした頃のヒメヒメさん、まんまるい綺麗な瞳と可愛い表情がほんとに印象的でした。
きっと大好きな葉さんのこと、
一緒に過ごした大切な時間を忘れることなく
今日もそばで見つめているはずです。
| 悠々 | 2014/03/16 1:56 PM |
葉さま。
お久しぶりです。
最愛のひめひめが天に召されて、少し時がたちましたね (/_;)
ツィッターで存じ上げていたのですが、どうにも言葉が見つからず
、葉さんがその悲しみのまっただ中にいた時に、何も出来なかったことをお詫びいたします。ごめんなさい。 (´;ω;`)
以前、なにかで読んだのですが、うまれたものはこの宇宙からなくならないのだといいます。その姿形は変わっても・・・
ひめひめの”猫生”は葉さんと出会えたことで、とても充実した素晴らしいものだったと思います。
そして、ひめひめは、これからもことあるごとに葉さんに力を与え続ける”存在”であり続けることでしょう。
| EIKI | 2014/03/16 4:29 PM |
kagishippoさん
うん、そうだと、ずっとずっと一緒だと、信じています。

そこまで書いて、目をあげたら、ベッドの上の壁に小さな汚れがあったので、いま掃除にいった。背伸びして掃除機でそれをとって、ふと下をみると、ランプのとこに、小さな灰色の毛がいっぽんのっかってた。ニャンニャちゃんの毛。ひめひめの毛。が、一本そこに。

そうだよ、ここにいるよ、って教えてくれたのかなって思って、その毛をとって撫でたあと、十数年前から一緒に暮らしているでか葉っぱ(いちばん上の写真に映っている)の根元においてみた。

宇宙には、きっとそんなふうに、いのちと、想いの、符号が満ちているんだね。
| 葉 | 2014/03/17 12:22 AM |
悠々さん
ありがとうございます。「ずっとずっと一緒だよ」と毎日云っていたから、天に逝っても待っててくれるって思います。ガンバラナクチャ、地上にいるあいだ。。
| 葉 | 2014/03/17 12:34 AM |
EIKIさん
ありがとうございます。
「うまれたものはこの宇宙からなくならない」…
腑に落ちる話ですね。。。すとんと、お腹に収まる感じがしました。

形が変わっても、ひかりになっても、そこに在る、そこに居る。
形のあるものの世界で、きっと何かを学び貢献するためにここに居ると思うから、自分の宿題をきちんとしなくては。。
| 葉 | 2014/03/17 12:51 AM |
葉さんのツイッター拝読しました。
プリム、なんだか可愛い子どもたちのお祭りが思い浮かびます。私も日本のお祭りが大好きですが世界のお祭りにも心ひかれます。
みんながひとつになって誰もが笑顔になれるわくわくする瞬間がありますね。
| 悠々 | 2014/03/17 9:29 PM |
葉さん

そうだったんですね。。
皆さんもおっしゃってる通り、いつもそばにいると思います。ふとした時に思い出して、忘れなければ、ずっと一緒にいられるというか、いるのと同じだと思います。
きっと今でも葉さんのコトを見守りながらも、あんまり無理しないでって言っているんじゃないかなぁ。。
| まっち | 2014/03/17 11:57 PM |
悠々さん
はい、プリム、可愛いんです。ユダヤ教は戒律で、「食べてよいもの」も決まっているのですが、先週は食料品店にも「プリムのためのジャム入りクッキー」などが並んでいました。お祭りにわくわくしているこどもたちの姿を見るだけで、こちらの心にも蝶々がパタパタ羽ばたくようなワクワクを覚えますよね。
| 葉 | 2014/03/18 12:25 PM |
まっちさん
そうだったのです。きちんとひめひめ追悼の文を書きたいと思っていて、けれども暫くは、辛すぎて、それに仕事も忙しくて、書けずにいました。いまでも「ニャンニャちゃんに会いたいなあ〜」とひとりごちてしまうけど、仰るとおり、きっときっとまた会えると思うから。

うん、あのこはいつも正しくて、僕が夜遅くまで勉強したり仕事していると、「もう寝ないと〜!!」という感じでよく諭してくれました。「ニャンニャちゃんはいつも正しい事を云う」と思いながら、彼女の教えに従っていたものです。。。。
| 葉 | 2014/03/18 12:28 PM |
刑事法廷で通訳の仕事のお話、ほんとにいろんな人間模様がありますね。でもやっぱり生きていく上での暴力や差別はあってはならないと私も思っています。自分の中で日々悶々と思うことも葉さんのお話でハッとあらためて気づかされることも多々あります。声に出して言える勇気ももっていたいと思います。
葉さん、
小休止をしながら、おからだに気をつけて下さいね。ヒメヒメさんも言っているかも。。\(^-^*)
| 悠々 | 2014/03/18 9:57 PM |
葉ちゃん、
やっと書けたんだなぁ……って少しホッとしながら読みました。
なんてカワイイ子なんでしょう!と改めて&#9825;目しながら、
一度なでなでさせてもらえばよかったよぉ、って思いながら。
出来ていたことが出来なくなるという事実に
これから我々はいくつも遭遇するんだろうな、
ちゃんと向き合える自分でいたいな、とも思いながら。
| まつのり | 2014/03/22 5:48 PM |
葉さん、

辛過ぎますね。
でも、ひめひめはいつだって葉さんの傍にいますよ。
そしてまたいつか必ず逢えますよ。私くしもそう信じています。

私くしに森羅万象生きとし生けるもの総ての命の、そして存在の大切さ尊さを教えて旅立って逝った小さな子達にいつかまた逢えると。。。

葉さん、お仕事に、夜学にと文字通り寝る暇(!)もないほど超多忙なるもとても充実した日々をお過ごしのご様子、素晴らしいと思います。でもご自愛ゆめゆめお忘れなくお願いしますね。

学習障害。。。憧れますです。一度なってみたい。

| April | 2014/03/28 1:29 AM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2014/04/01 7:36 PM |
葉さんへ

ツイッターの鍵付きアカウントことどうなってしまうのかなぁ…と私は葉さんのブログの方でうろうろ心配していましたが…ほっ、今、深呼吸をしまして、よかった〜と安心いたしました。葉さん、これからもよろしくお願いいたします(^-^;*

| 悠々 | 2014/04/05 10:12 PM |
こんにちは。葉さん。
お元気でおられますか。
日々を、巻き起こる出来事を、結局は愛せますように。

こうして言葉を掛けさせていただけること、
ありがとうございます。
めまぐるしい日々も、穏やかでありますように。

| 楓 | 2014/07/24 6:44 PM |
楓さん、
お返事遅くなりましてごめんなさい! 
ほんとにそうですね。生きるというのは、いろんなものを「得る」ことだけじゃなくて、手放すことも、変わることも、いろんなことを含めて、やっぱり...「愛する」。それを身を以て学ぶための時間をいただいているのだ、と思います。。


悠々さん
これまた時間差コメントでごめんなさい。はい、鍵付き騒動の際はご懸念おかけしました ^^;


Aprilさん
お優しい言葉を、ありがとうございます。
そうですよね、きっとまた会えると信じています。鳩がクルックルッと啼くみたいに喉をごろごろ云わせるひめひめの声と気配、いまもそばにいるようです。
今般は新しい猫さん「楢葉さん」(変遷のあげく「なっぱたん」になっていますが、、、)とも暮らしはじめ、やはりしっぽのあるひとと暮らすと気持ちが優しくなれるなあ、と感じています。

のりちゃん
超遅れコメ返事申し訳なす〜〜〜
久々にのりちゃんと会ってワインなど飲みつつおしゃべりしたいのであった。。。。
| 葉 | 2014/08/06 2:53 PM |
はじめまして。葉さんのエッセイが好きで、よく読んでいます。
ですからニャンニャさんの事もよく知っています。(笑)
葉さんのところに来て、葉さんに看取ってもらえて、
ニャンニャさん、本当に幸せだったと思います。
いつまでも心の中で葉さんに寄り添っていてくれますね、きっと。
Twitterで登場してる猫さんが「なっぱたん」ですね?
いいパートナーが見つかってヨカッタです。
お忙しいことと思いますが、更新楽しみにしてますので・・・(笑)

| ままさこ | 2014/08/27 4:43 PM |
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渡辺 葉
NY&NJ attorney
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translator
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